深夜一時、京都・宇治の山中で、ひとつの厨房だけが、薄く明かりを灯している。
萬福寺。江戸時代初期、中国・明から渡来した隠元禅師が一六六一年に開いた、黄檗宗の大本山だ。本山の伽藍は深く眠っている。参道の松にも、屋根の瓦にも、十二月の冷気が降りている。けれど、典座寮——禅寺の厨房——だけは、ひっそりと働いている。
典座の杉原 慶徹さんが、ようやく寝床から起きてきた。五十二歳。萬福寺で典座を勤めて二十五年になる。「冬の朝が、いちばん早いんです」と杉原さんは小声で言う。「明朝の粥を出す時間は、夏も冬も同じ。だから、寒い日ほど、早く起きて、火を入れる」
外気は氷点下に近い。けれど厨房の中は、まだ昨日の薪の温もりが残っている。杉原さんは、まず、釜に湯を沸かしはじめる。それから、米を、研ぎはじめる。
米を研ぐ、自分を研ぐ
米を研ぐ音。指の腹で、米粒が転がる、低い音。それから、水が流れる音。それだけが、深夜の厨房に、静かに響いている。
「典座教訓に、こう書かれているんです」と杉原さんは、手を止めずに話す。「『米を洗うときは、洗う者の心が、米とともに、洗われる』と」
道元の『典座教訓』は、一二三七年、中国で目撃した一人の老典座との出会いから書かれた、と伝えられている。八十歳近い老僧が、炎天下で椎茸を干していた。道元が「人を雇えばいいのに」と尋ねると、老典座は「他人にやらせれば、それは私の修行ではない」と答えた、という有名な逸話がある。
「典座は、仏に料理を捧げる役ではないんです。料理することそのものが、仏になる行為なんです。だから、誰にも代われない。今夜の米を、私が研がなければ、私の修行にはならない」 — 杉原 慶徹 / 萬福寺 典座
米を研ぎ終わると、杉原さんは、釜に米と水を入れる。火加減を見ながら、しばらく、ただ釜の前に立っている。「ここから三十分は、火と、釜と、米の話を聞いている時間です」と笑う。「私は、何もしていない。聞いているだけ」
普茶料理という、もう一つの伝統
萬福寺の厨房には、もう一つの仕事がある。普茶料理。隠元禅師が中国から伝えた、植物性食材だけを使う、独特の精進料理だ。日本の他の禅寺の精進料理とは、見た目も、味も、まるで違う。
「日本の精進料理は、食材の元の形を残します。豆腐は豆腐の形、人参は人参の形」と杉原さんは説明する。「でも、普茶料理は、植物で動物の料理を『模す』。麩で鰻を、湯葉で鶏を表現する。中国仏教の伝統です」
これは単なる料理技法ではなく、思想の表現でもある、と杉原さんは言う。「『生き物を殺さず、しかし、肉の味を知っている』ということを、料理で表現する。それは、生き物への憐れみと、人間の欲への直視を、同時に皿の上に乗せている」
米を洗うときは、洗う者の心が、米とともに、洗われる。
深夜二時。粥が炊き上がるまでには、まだ時間がある。杉原さんは、その間に、明日の昼に出す普茶料理の仕込みを始める。今夜は「卷繊(けんちん)」と呼ばれる、湯葉で具材を巻いた料理を用意するという。
食べる者を、待つ仕事
「典座の仕事の九割は、待つことです」と杉原さんは、湯葉を広げながら言う。「米が炊けるのを待つ。出汁が出るのを待つ。客僧たちが、食堂に来るのを待つ」
この「待つ」という時間は、無駄な時間ではない、と。「待っている間、心の中で、今日の食べる人を、一人一人、思い出します。あの修行僧は、最近、顔色が悪い。あの客僧は、長旅で疲れているはず。だから、今日の出汁は、少し濃いめにしようか、と考える」
「料理は、食べる人の、その日その日の状態に、寄り添うものです。マニュアル通りに作っていては、典座とは言えない」 — 杉原 慶徹
道元は『典座教訓』で、典座に求められる三つの心を説いている。「喜心(きしん)」「老心(ろうしん)」「大心(だいしん)」。喜びの心、親が子を思う心、そして、偏らない大きな心。「私はまだ、喜心の入口にいるくらいです」と杉原さんは謙遜する。
朝の粥が、運ばれていく
深夜三時半。粥が、ようやく炊き上がる。杉原さんは、釜の蓋を開けて、湯気の中に、しばらく顔を入れている。「今日の粥は、いい炊け方をしました」と、誰に言うともなく、つぶやく。
四時、本山で朝の鐘が鳴る。修行僧たちが起き出してくる。四時半、食堂が開く。粥は、すでに、漆塗りの大鉢に移されている。湯気が、寒い食堂の空気に、白く、立ちのぼる。
修行僧たちは、無言で席につく。手を合わせる。粥を、一口、すする。誰も、声を出さない。けれど、食堂の空気は、ひとつの長い、共有された沈黙で、満たされている。
杉原さんは、厨房に戻り、釜を洗いはじめる。「食べる人の顔は、見ません。食べる音を、聞くだけです」と彼は言う。「今日の粥が、彼らの体に入っていく音。あれが、典座にとっての、いちばんの返事です」
外は、まだ暗い。けれど、台所の窓から、わずかに、東の空が、青みはじめている。今日も、ふつうの一日が、はじまる。
Notes
- 萬福寺 — 京都府宇治市。黄檗宗大本山。1661年、明から渡来した隠元隆琦禅師が創建。中国明末の禅文化を色濃く残す。
- 典座(てんぞ) — 禅寺で食事を司る役職。道元『典座教訓』(1237年)が職務の根本書とされる。
- 普茶料理(ふちゃりょうり) — 隠元が伝えた中国式の精進料理。植物性食材を、動物食材に見立てて調理する技法に特徴がある。
- 三つの心 — 『典座教訓』に説かれる、喜心・老心・大心。それぞれ、料理する喜び、親が子を案じる心、偏らない大きな心、を指す。