誰へ渡るのか
代われない、というのは、強い言葉だ。他人にやらせれば、それは自分の修行にはならない——第1章では、典座の仕事を、そう読んだ。
けれど、その言葉の先に、ひとつの問いが残る。代われない仕事ほど、いつか手放すときが来る。一人きりの手でしか作れないものは、その手がいなくなったら、どうなるのだろう。味も、一緒に消えてしまうのだろうか。
けれど、渡されてきた
事実として、この台所のものは、渡されてきた。
萬福寺の普茶料理は、江戸の初め、隠元が中国から伝えたものだ。それから三百六十年あまり、この台所で作られ続けている。一人の典座が代わっても、また次の手が、同じ名前の料理を作ってきた。
代われないはずのものが、何度も、別の手に渡ってきた。第1章の読みと、この事実は、どこかで食い違っている。
渡せるのは、味ではない
では、渡されてきたのは、何だろう。
釜は、長く、ほとんど形を変えずに使われてきたという。そこで炊いた米を、椀に盛る。料理の名も、隠元の代から変わっていない。
けれど、その釜と椀で作られる味は、たぶん、同じところにとどまらない。火加減も、手の力も、人によって少しずつ違うからだ。受け継いできたはずのものの中で、味だけが、作る手によって変わっていく。
受け継ぐのは、味ではない。
では、何が渡るのだろう。
Notes
- 萬福寺 — 京都府宇治市。黄檗宗大本山。1661年、明から渡来した隠元隆琦が開いた。(第1章と整合)
- 普茶料理 / 三百六十年あまり — 隠元が伝えた中国式の精進料理。本文の「三百六十年あまり」は、隠元の渡来(17世紀半ば)からのおおよその年月。
- 第1章既出 — 古い釜(長く、形がほとんど変わらない)のことは、第1章に記した。第1章は人物への取材ではなく、典座の営みを典座教訓から読むエッセイであり、本稿もその読みの続きである。新たな取材・発言は含まない。
- 本稿の位置づけ — 第1章と第2章のあいだの間章であり、継承の現場(受け渡しの場面)を筆者はまだ訪ねていない。「受け継ぐのは、味ではない」は、確かめられる事実から筆者が立てた問いと読みであって、取材で確かめた結論ではない。